Silver Wings Diary

詩や詞、音楽、写真や日記、日々の想いから能書き等々…

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--)|
  2. スポンサー広告

Silver Wings誕生秘話(変遷の歴史)

Silver Wings 誕生

 歴史なんていうほど大袈裟な経歴があるわけではない。それでもSilver Wingsは当初PANNA CLUBの名で結成して以来、去年の夏で10年を迎えた。

 思えばこの10年、いろいろなことがあった。結成当時はツインヴォーカルにギター、キーボード、ベース、ドラムの6人編成。派手なゴージャスサウンドをモットーにポップスからロック、アップテンポからメロウなスローバラードまで、それこそ「おれたち最高!」的なノリで活動していた。曲は俺と、もう一人ヴォーカルを担当していた"N"がそれぞれ自分の歌う曲をほぼ交互に出してくるといったスタイル。最初の頃はスローペースでやっていたが、そのうちヴォーカル二人が競い合うように曲を作り出したものだから、ただでさえバンド経験の浅いメンバーが多い当時のメンバーでは当然の事ながら曲の仕上がりが追いつかず、8割方の仕上がりで、もう次の曲に手を付けるといった始末。そのうちに曲作りまでずさんになってきて・・・何というか・・・ほぼ空中分解に等しい形でメンバーの欠落が始まったと言える。今となっては当時を知るものは俺とヒカルの二人だけになってしまった。当時はヒカル以外はほぼバンド活動初心者か、もしくはブランクの空いている者ばかり。なかなかの個性派揃いだった。練習中、気がつくと眠さのあまり瞼が半分閉じている「眠りのドラマー"T"」、練習には必ず40分~50分は遅刻する「遅れのベーシスト"K"」、練習開始時エフェクターのセッティングに30分近くを費やし、曲の途中でなおも納得がいかずエフェクターのつまみをいじりだす「音質オタクギタリスト"NT"」。彼は何と記念すべき初ライブ後、ベースの"K"ともめて、バンドを去った。そしてその入れ替わりに加入したのがポップスバラードでさえソロになるとハードなディストーションと豪快な早弾きを披露する「ライトニングギタリスト"M"」。彼にいたってはテクニックは間違いなかったのだが・・・。いやはや・・・それにしても実に豪華な顔ぶれだ。ここで「おや?」と思ったあなた。あなたは間違いなく我がSilver Wingsのファンとして迎え入れられるべき存在だ。そう「ヒカルは?」ヒカルはベーシストでありながら、PANNA CLUB時代はキーボードを担当していた。というか担当してくれていたのだ。キーボードはおろか、まがりなりにもギターバッキングをもこなすつわものだ。(ここで現メンバーを褒めすぎるのも何だが・・・)もともと十代の頃から俺と二人でアコースティックギターをかき鳴らしていた仲でもある。前任のベーシストはベースしか弾けなかったのでヒカルがキーボードにまわったという訳だ。思えば実に安易な決め方だが・・・。それでもそのメンバーで全盛期はRAG、都雅都雅、MUSEといった京都では有名どころへの出演を果した。・・・んー、これをやりだすと日が暮れる。(もう暮れているが・・)

 と、言うことで・・・中略・・・(゜▽゜;)

 そんなこんなでPANNA CLUBの黄金時代は過ぎ(おー!もう過ぎちまった・・・)、繁雑な新曲ラッシュのさなか、ヴォーカルの"N"が曲作りに行き詰まりを感じ(←推測)バンドを去った。時を同じくして、ヒカルもまた、キーボードを退き、バンドのアドバイザー的ポジションとなった。身軽になったPANNA CLUBは、この時から現在と同じパート構成となり活動を始めたのだ。バンドのカラーも以前とは異なり、ギタリスト"M"のハードなプレイもあって、やや音圧のある曲が中心となった。その後間もなく、ベースの"K"が自身とこの頃のバンドカラーとの違いに戸惑いを感じ去っていった。こうして、ヒカルがアドバイザーからようやく本来のポジションであるベースに着いた。ようやく落ち着いた活動が出来るような体勢にはなったのだが、肝心の楽曲が思うように仕上がらない。そもそもキーボードを含めて成り立っていたアレンジから、単純にキーボードを抜いてみてもそれはもはやアレンジと呼べるものではなかったのだ。むしろキーボードがあったからこそ、ギターのハードさをカバーできていたところがある。再度アレンジを一から見直すことになった。元からギターメインでアレンジしていた曲は、かろうじて生かせるとして、問題はキーボードメインでアレンジしていた曲だ。キーボードのソフトな音色が無くなり、代りにギターが入ると・・・印象は全く正反対のものに・・・。つまり、自分の考えている曲のイメージにまったくもって追従してこない。正直俺は焦っていた。かつてPANNA CLUBでやっていた曲の大半がお蔵入りの危機を迎えていた。だがいつまでもチマチマと再編作業に時間を費やしていても仕方がない。俺は考えた。アレンジを変えられないなら、新曲を作るしかない。ギターを中心にした曲を・・・。こうして、いくつかの曲が完成した。そしてそれらを携え、ライブをおこなうにまで至ったのだった。ちょうどこの頃である・・・俺の中でどうしてもギタリスト"M"のプレイが耳に障り始めたのは。やはり俺のやろうとしているカラーに合わなかったのだ。本当はずいぶん前から気づいていた。だけど騙し騙し、やってきたのだ。「もう十分じゃないか?」一度芽生えた思いは、スタジオ練習を重ねるごとに増幅していった。思い余った俺は、日頃から似たような思いを口にしていたヒカルに相談し、そして二人で出した答えは・・・戦力外通告・・。いや!・・そうじゃない。確かに戦力はあったのだ。ただ、どうしてもカラーが合わなかった。俺にはギタリストとして扱いきれなかったと言うべきなのかもしれない。「来る者拒まず、去る者追わず」を通してきたスタイルはこの時を境に崩れ去った。おれはこの時のほろ苦い思いを今でも思い出す。だがこれがバンドとして成長しようとする以上、避けては通れない道であったという事も分かっている。もともと、川辺でギターをかき鳴らしていたヒカルと俺。その後、ほぼヒカルを中心とした形で類が友を呼び人脈が形成されていった。思えばその頃から「来る者拒まず・・・」のスタイルは始まっていたと言える。仲良く楽しく無理なく・・・。まさか、メンバーを切り捨てる日が来るとは・・・。余談だがこの頃、「思えば川辺での頃は楽しかったな・・・」そんな事を思いながら、作った曲がある。「River」という曲だ。この曲は現メンバーのレパートリーからは外れているが、いずれは復活させたい1曲だ。
 さて、3人になってはみたものの、やはりギターは必要不可欠。さしあたり近くを見渡してみても初代ギタリスト"NT"しか見当たらない。もともとバンドのカラーに合わずやめていった訳ではなかったこともあり、彼自身が成長していることにも期待をしつつ、ヒカルを通して声をかけてもらった。彼は二つ返事で・・・だったかどうかは知らないが・・・結果としてバンドに復帰した。再び4人となったPANNA CLUBは、この頃に一度、バンド名を変えている。その名は「TRANTZA(トランツァ)」。この名前でライブをしたのは、結局のところたったの1回だった。今となっては幻のようだが・・・。さて、TRANTZAとして新たなる活動を開始したメンバーではあったが、はたして"NT"は・・・・やはり"NT"だった。人間は非常に良い奴である。そして、何よりもギターを愛している。それは分かる。それは分かるのだが、これではクビにまでした前任ギタリスト"M"に見せられない。彼に対し失礼だ。彼がこの状態を見たとして、クビにされたことを納得できるのか・・・?それがギタリストに対する判断基準になっていた。もはや以前の我々ではなかった。だが決して冷徹になったわけでもなかった。ましてや、今回は俺から呼びかけたのだ。しかも昔からの友人でもある。にもかかわらず、すぐさまクビなんて事を言えるはずもなかった。それこそ失礼だ。俺にしたって、決して何様でもない。偉そうにクビだ、採用だなんて言える柄では本来ないのだ。結局、チャンスを与えるという形で、本人にはそのことを伝えないまま活動することになった。
 一見順調に見えたバンド活動だが、まもなく我々に新たなる危機が迫ることになる。そのことは恐らく、ドラムの"T"だけは早くから知っていたのかもしれない。なんと彼に会社から東京への転勤辞令が出されたのだ。京都と東京・・・。さすがにこの時は半ば諦めの気持ちに支配されたのを覚えている。何せ、その時の人脈の中で我々のカラーに合うドラマーは誰一人としていなかったのだ。解散か・・・?そんな気持ちも確かによぎった。だが道が絶たれたわけではない。「メンバー募集するか?」・・・ヒカルからの提案もあり、楽器屋からスタジオ、ライブハウスに至るまでチラシを貼ったり、ネットの掲示板に書き込んだり・・・手当たり次第とはこのことだ。そうして一人のドラマーがそれを目にすることになる。そう、そのドラマーこそが現在リズム体の一人としてバンドの底辺を支えるヒロヤンだ。俺はヒカルから連絡を受けた。「応募が来た。何とそれが・・女性らしい。」何のためらいも無かったと言えば嘘になる。もちろん募集の際、男女不問という条件で掲示してはいた。だが結成以来、バンドに女性メンバーがいたことは一度もなかった。「はたしてうまくやって行けるだろうか?」一抹の不安を抱えながら、市内のとあるファミレスで顔合わせをした。はたして、俺の描いていたイメージとは異なり、落ち着いた雰囲気と一種ふてぶてしささえ感じさせる眼差しは、俺の不安を一気に消し去った。そして、その場でヒロヤンのデモ音源を聴かせてもらった。そこから聴こえてきたのは・・・粒の揃ったきめの細かいプレイ、そしてパワー溢れるフィルイン・・・。(おっと・・・褒めすぎてはいけない・・・)俺としては正直なところ申しぶんはなかったが、とりあえずお互いに相手の音を知ろうということでスタジオの日取りを決め、この日は解散したのだった。もちろん結果は・・・ご存知の通りだ。
 ヒロヤンの加入が我々にもたらしたもの・・・リズム体が引き締まり、バンドとしてはちょうど底上げされたような形となった。そして、俺の記憶が正しければ、このメンバーで出演したライブこそが、先ほどにも述べたTRANTZAとして唯一おこなったライブなはずだ。
 その後、暫くは"NT"に手を焼きながらも順調な活動を続けていたのだが、間もなく我々はまたもやメンバー離脱の危機を迎えることとなった。ギタリスト"NT"が就職活動を理由に「バンド活動そのもの」の休止を申し入れてきたのだ。俺は反発した。就職活動は仕方ないとして、何故にバンド活動の休止をさせられなければならないのか?もし俺が逆の立場であったなら・・・自分自身として続けられない理由があるのであれば、迷わず脱退の道を選ぶはずだ。休止するかどうかは残された者が判断して決めることではないのか?どうしても納得できなかった。結果として休止することになるとしても、バンドとしては次なるメンバーを募集して休止期間を極力短くしたい。それがこちらの本音だった。募集で新メンバーが見つかるのが早いか、あるいは"NT"の就職が早いか。少々残酷な手ではあるが、どちらか早い方を取る・・・俺はその旨を彼に伝えた。彼も彼なりに反発はしていたが・・・・結局はメンバーの賛同も得て(いたはず・・・)募集をかけることになった。
 各方面に募集をかけて間もなく、インターネットを通じて一人のギタリストが応募してきた。いわく「何はともあれ、デモ音源の交換をしたい」との事。早速、3曲ほどライブ音源を用意し郵送した。3日ほどして、相手の音源も到着。すぐさまMDプレーヤーにかじり付く・・・「・・・?」。「んー・・・・。フュージョン系?・・・」なんて事を思いながら聴いていると、携帯に一通のメールが。応募してきた彼からだ。「ちょっと、思っていた曲調と違うんで・・・」云々かんぬん。ま、そりゃそうだ。俺も思った。・・・ということで一人目はあえなくボツ。そしてさらに1週間ほど経ったか・・・俺のメッセージを一人のギタリストが目にすることになる。我らがSilver Wingsの若き(相対的にネ)ギタリスト、カトチャンだ。半ばすがる思いで顔合わせを行った。場所は市内のとある喫茶店。彼もまた俺の描いていたイメージとは違った。腰の低い・・・物静かな・・・そんな雰囲気だった。まあ、腰が低かったのは最初だけだったようだが・・・^o^・・とりあえず例によってデモ音源を聴かせてもらった。「!・・うぉっ!こっ・・・これは・・・!」それは、まさに探し物を見つけた感覚そのものだった。確かに俺はそう感じた。(だから、褒めすぎてはいけないって・・)おそらく他の二人も同じことを感じていた。(と思う)こちらも同じく、顔合わせの次は音あわせという事でスタジオの日取りを決め、解散したのだった。こちらも結果はご存知の通りだ。こうして現在のメンバーが揃った。カトチャンの加入がもたらしたもの・・・それは何と言っても、曲調の幅の広がり。現在のメンバーであれば、かつての同じ編成では考えることのできなかった曲調でさえ吸収・実現することが可能だろう。そしてその次の年、俺はこの新しいバンドの出発点としてその名を変更することにした。"Silver Wings”の誕生である。時は2002年、春のことだった。

Fly to the Sky...




最後に・・・

 この記事にイニシャルで登場する人物はすべて実在します。しかしながら、各個人に対して記述している評価に関しては、あくまで当時の私が当時の環境の中で当時の彼らを個人的な視点で見る中で感じたものであり、決して彼らを否定もしくは中傷するものではないと言うことを付け加えておきます。彼らは現在においても私にとってかけがえのない友人です。この記事の登場人物に対する「評価」、もしくはこの記事に対する「評価」を、コメントやトラックバックその他により文章化し公開することを禁止します。ただし、登場人物本人によるものはこの限りではありません。必要であれば、削除にも応じます。


Silver Wings Web Site
スポンサーサイト

テーマ:バンド - ジャンル:音楽



  1. 2006/02/18(土)|
  2. 外伝
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<都雅都雅ライブ音源 | ホーム | バレンタイン>>

コメント



コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://silverwingsdiary.blog44.fc2.com/tb.php/3-feb21eec
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

ALL TITLES

全ての記事を表示

Counter

ご訪問ありがとうございます


現在の閲覧者数

Profile

Jun@SilverWings

Author:Jun@SilverWings
京都祇園Live Cafe&Bar
SILVER WINGS

の店長をしています。

空が好きです。ブログパーツ

NEW Entry & Comments

Twitter

 

Calender

07 ≪│2017/08│≫ 09
S M T W T F S
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

Gremz

ブログパーツ型環境貢献サイト
グリムス(gremz)
http://www.gremz.com

Sponsor Link

Category

Mail to Jun

メールフォームへ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QR code

Silver Wings Diary を携帯で!

QRコード

星が見える名言集

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。

Links

このブログをリンクに追加する

RSSフィード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。