Silver Wings Diary

詩や詞、音楽、写真や日記、日々の想いから能書き等々…

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--)|
  2. スポンサー広告

バイバイ!桃太郎

 今年3月25日。嫁は死産を体験しました。原因は子宮内胎児死亡と診断された事によります。今回はその事についての話。男としての俺が見た嫁の姿、そして死産という事に対して感じたことなどについて述べています。同情やお涙を頂戴しようなどという気は毛頭なく、むしろ自分自身この経験を忘れないために、そして同じような経験をされた方へのメッセージ的な意味で公開させていただきます。記憶が薄れないうちにどうしても残しておきたかった。いずれ本人の目にとまる事とは思うが、それまでは内緒の記事です。このような場でこのような事を公開するということに、不快感を覚える方もおられるかもしれません。それも理解出来ます。そのような場合は、今回だけ、何も言わずこのページを閉じてください。

以上を踏まえた上で、続きを読んで頂けるなら幸いです。

「また、ダメやった・・。」

 3月23日。心地よい春の日差しが眩しい朝9時半頃、仕事場で携帯に出た俺が聞いた嫁の最初の言葉だ。
 嫁は、今年8月に出産予定の子供をお腹に宿していた。けれどもこの日の定期健診で子宮内胎児死亡と診断された。ついこの間の検診では元気に動いていたのに・・・。この日も彼女は、当然元気に動く我が子を見るはずだった。だが5ヶ月の胎児は、彼女のお腹の中で息絶えていた。いったい何が起こったのか、何がいけなかったのか?去年の7月にも流産を経験していた彼女はあの時と同じようにおそらく自分を責めていたのだと思う。電話の向こうで、ただただ泣いていた。何も悪くない。本当に大切にしていた。こんなことが二度も続けて起こるとは・・そんな事があっていいのか?俺にとってはありえない話だった。しかも今回は妊娠5ヶ月ということで分娩による出産をしなければいけないとのこと。いわゆる死産だ。薬で陣痛を誘発させ、出産するというもの。俺は彼女がかわいそうでならなかった。すでに息絶えた子を・・何ゆえにお腹を痛めて、苦労して産まなければならないのか。激しい陣痛に耐え、必死でがんばった見返りは何もない。あるのは我が子の死。それを目の当たりにするだけ。何ゆえにこんな思いをしなければならないのか。

 3月25日午後7時。嫁はひたすら陣痛に耐えていた。昼過ぎから4度に渡り陣痛誘発剤を投与し、時は刻々と過ぎ、何度も陣痛に襲われながら彼女はひたすらその時を待った。本当に辛かったと思う。でも本当にがんばった。午後9時半ごろ、今までにない陣痛が彼女を襲った。すぐに分娩室に移され、分娩が始まった。俺は部屋の外でいてもたってもいられなかった。とにかく、せめて彼女を苦しめることなく産まれてくることを祈った。

 午後9時51分。嫁は小さな小さな男の子を出産した。赤ん坊が、看護師によって俺のもとへ連れてこられたのは午後11時ごろ。俺が昼間のうちに買っておいた新生児用の肌着に包まり、小さなダンボール製の棺桶の中にいた。嫁は分娩後の処置のため麻酔をかけられ、眠っているとのことだった。俺は看護師にお願いして、麻酔から覚めるまで病院にいさせてもらう事にした。彼女が看護師に連れられフラフラと分娩室から出てきたのは午前1時半頃。掛ける言葉は見つからなかったが、とにかく「お疲れさん」という気持を伝えたくて黙って微笑みかけた。ただ、それしか出来なかった。


 次の日。3月26日、日曜日。俺は間もなく5才となる子供を自分の実家に預けたあと、病院へ向かった。そこで赤ん坊の死亡診断書を受け取り、それを持って区役所へ・・・。火葬許可書をもらうためだ。休日窓口には年の頃55歳くらい、人の良さそうな男性職員がいた。死亡診断書に目を通し2,3言葉を交わした後、彼は手続にかかった。薄暗い廊下に事務処理の音だけが響いていた。

「・・そしたら、これね・・斎場の窓口に渡してくださいね。・・・元気出して・・。」

 「元気出して・・。」その言葉を聞いて初めて、嫁だけでなく今の自分も慰めを必要としていた事に気が付いた。少しだけ気が楽になったのを覚えている。その後再び病院へ行き、棺桶に入った赤ん坊を受取った。入院中の嫁はそこで赤ん坊に最後の別れを無言で告げた。

「・・・・・・・じゃ・・お願いします・・」

 嫁は静かにそう言った。俺は赤ん坊と共に一旦家に帰り、その子が暮らすはずだった我が家の、すべての部屋を見せてやった。ゆっくりと一部屋ずつ・・・。それから花束を買いに行き、中央斎場へと向かった。

 午後3時頃。名も無い赤ん坊はその棺桶にして大きすぎる花束とともに、大きすぎる台の上にいた。一人前にお経も上げてもらった。この子のお兄ちゃんが「一緒に燃やしてあげて。」といって渡してくれた仮面ライダーのおもちゃは、許可がもらえず一緒に火葬してやることは叶わなかった。お経が終わると、赤ん坊はゆっくりと分厚い扉の向こう側へ・・・・・扉が完全に閉まるまで、俺はただ一人・・手を合わせた。

 どの位時間が経っただろうか・・火葬が終わって係のひとが俺のところへ駆け寄ってきた。「御骨が残りましたよ!」かなり驚いている様子だった。普通5ヶ月程の胎児であればすべて灰になって何も残らないらしい。すぐさま俺も見に行った。魚の骨のような本当に小さな小さな骨が、ほんの少しだが残っていた。頭蓋骨の一部も残っていた。まさか・・骨壷など用意もしていなかった。代りに係の人が斎場の郵便封筒を持ってきてくれて、二人で一緒に拾い集めた。少し力を入れると崩れるような気がして・・・そっと拾い集めた。

 斎場を後にして実家に着くと、子供と俺の両親が出迎えてくれた。一通りの報告をしたあと、御骨の入れ物を探すことになった。手ごろなのがなく、あれやこれやと探し回ったあげく、結局新しいきれいなおちょこに入れて和紙と輪ゴムで蓋をするという、ごくごく簡単なものとなった。


 4月2日、次の日曜日。家族と俺の両親は赤ん坊の遺骨と共に、ご先祖たちの眠る墓地にいた。納骨のためだ。遺骨は墓の中の土に撒くことにした。またこの世に生まれてこられるように・・。お猪口の中では、ずっと出られないから。ご先祖たちに紹介するにも、名前が無いと困るので名前をつけてあげることにした。

  「桃太郎」

 嫁がこの日までに考えていたものだ。小さくて、でもこの世に生まれた証を残した。逞しく育っていたのだ・・・。嫁がその名前をつけた本当の意味は知らない。俺が勝手にそういう意味だと思っているだけだ。別に聞く必要もない。そんな事はどうでもいい。またすぐ生まれ変わるのだから・・・。

 「バイバイ 桃太郎・・またな。」

手を合わし、心の中でそう言った。
雨上がりの空が、少し明るくなったような気がした。
       雨上がり

 あれから2ヶ月が経って、表向き彼女は立直ったように見えている。だが心の奥ではきっと深く傷付いている。彼女はこの先もずっとこの悲しみを背負っていく。思い出すたびに涙するのかもしれない。その悲しみや苦しみを理解しようという気持はある。だが、本当のところはきっと理解できない・・・男の俺には難しすぎて・・・。励ましたくても俺には何も言ってやれない。

 だから俺は、ただ黙って微笑んでいようと思う。
スポンサーサイト

テーマ:伝えたいこと - ジャンル:ブログ



  1. 2006/05/25(木)|
  2. 出来事
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:12
<<KYOTO MUSE で ライブ! | ホーム | 夕日か・・・・・>>

コメント

子どもがいる立場ですので、決して人事には思えませんでした。
亡くなって産まれたお子様に、ご冥福をお祈り致します。
  1. 2006/05/26(金) 02:39:43 |
  2. URL |
  3. チーズ #ghZSTrEs
  4. [ 編集]

桃太郎くんのパパさん、はじめまして。
私も3月26日に第3子を7ヵ月で死産しました。
7ヵ月検診を楽しみにでかけ、そのエコーで子宮内胎児死亡がわかりました。
今日がうちの花ちゃんの2回目の月命日になります。
桃太郎くんは昨日でしたね。
桃太郎くんにもお兄ちゃんがいらっしゃるのかな?

パパさんとおにいちゃんの気持ちでママさんをいっぱい支えてあげて下さいね。
私もダンナと2人のお兄ちゃんに支えられてます。
特別なにも言わなくてもきっと伝わりますよ。。

私も今回のことを自分の中に残しておきたくて娘の事を綴っています。
またお時間ありましたら立ち寄っていただけたら嬉しいです。

では、頑張ってくださいね。ママさんも元気になってね。

  1. 2006/05/26(金) 12:13:41 |
  2. URL |
  3. 花ママ #pz.gbiqw
  4. [ 編集]

記事を読ませて頂きました。
数年前になりますが、産婦人科の看護師を
していました。
桃太郎くんと同じお子さんを、
ご家族の胸にお渡しする瞬間の気持ちを
鮮明に憶えています。
自分の無力さにつくづく情けない思いで
いっぱいでした。

でも、奥さまが一番頼りにしているのは
誰よりも、ご主人なんだと感じます。

奥さまを支え、ある時は奥さまが
Junさんを支え、もう、そうできているのでは
ありませんか?今のままでいいんだと
思います。Junさんが、奥さまとお兄ちゃん、
そして桃太郎くんにだけ向けられる微笑みが
何よりも安心と絆なんだと思いました。

桃太郎くんのご冥福をお祈りします



  1. 2006/05/26(金) 16:44:47 |
  2. URL |
  3. 桃歌 #-
  4. [ 編集]

>チーズさん
長々とした文章を読んでいただき、ありがとうございます。
女性ならばこそ、わかる気持なのだと思います。

ありがとうございました。

>花ママさん
桃太郎と1日違いの同級生ですね。
ネットをウロウロしていて、こういった経験をされている方の多さに驚きました。
今は俺自身も手探りですが、何とか嫁を支えていきたいと思っています。
今のままで、いいですよね。

サイトの方にもおじゃまさせていただきます。

ありがとうございました。

花ちゃんのご冥福をお祈りいたします。

>桃歌さん
桃歌さんは看護師でしたか・・・。
実は嫁も看護師として昨年いっぱい働いていました。
お腹の子供のため、仕事を辞めたんです。
看護師として、母親として、自分自身を本当に責めていたと思います。

そうですね。今までも支えあってきたんです。
今のまま支えていこうと思います。

ありがとうございました。
  1. 2006/05/26(金) 18:05:02 |
  2. URL |
  3. Jun@Silver Wings #j/FnetGM
  4. [ 編集]

私は21歳になりたてで小さな命を授かりました。17歳年上の旦那がうかれていたのを覚えています。目に見えるすべてのものが綺麗でキラキラ輝いて見えました。この世の中にこんなにも素敵なことがあるんだと、初めて思いました。今日は21週目の検診でエコーの映像をビデオに録画してもらうのを今日も楽しみにしてたのですが、踊っているようにパタパタ動く我が子の姿はうつりませんでした。突然のことでまだ理解ができていません。出血もなく、痛みもなく、お腹はまだ大きいままです。明後日、月曜日に入院をして出産と同じようにすすめていくそうです。子宮内胎児死亡。承諾書は私をふくめ、旦那や若くしておばあちゃんになる母親からも笑顔を奪いました。全ておわったあとは、今よりもきっと辛いと思います。でもきっと、私の笑ってる声を聞きたがってるはず。お母さんが泣いてるのを見るのはこの子も嫌なはず。時間はかかると思うけど、笑って生活をおくれる日がはやく来るようにしたい。この子が天国から私たちを見てくれるなら、たくさんの笑顔を見せてあげたいと思う。手術までの後2日。お腹の中にいる間、できるだけ笑顔でいてあげたい。
  1. 2006/05/27(土) 03:52:56 |
  2. URL |
  3. 愛 #-
  4. [ 編集]

残念なことです。ご主人の気持は痛いほどわかります。

でも愛さん、無理に笑顔になる必要はないと思います。今はひたすら泣いたっていいと思います。枯れるまで泣けばいいと思います。赤ちゃんもきっとそう思っています。ご主人やお母さんがそれ程楽しみにしていてくれたのなら、本当に辛いのは愛さんだという事をお二人もきっと分かってられると思います。「早く元気にならなきゃ」なんて思わないで下さい。思い出すたび泣けばいいと思います。流れのままでいいんです。

しっかり、産んであげてください。そして、見つめてあげてください。この世に生まれた証を心に刻んであげてください。
へその緒も、エコー写真も・・・証として残せるものはすべて残してあげてください。そんな事をしても辛いだけだと思うかもしれません。周りの人もそう言うかもしれません。最初は見たくもないかもしれません。でもそれらは、きっと愛さんにとってかけがえのない物になります。だから必ず残してあげてください。

自分の友人で、同じく死産を体験した女性が運営しているサイトがあります。同じような体験をした多くのお母さん方がおられます。また以前のように、元気になるためのきっかけが見つかるかもしれません。すべてが終わって、少し落ち着いて、もしもそういう気持になれば、訪ねてみるのもいいかもしれません。

友人サイト
「泣いて、笑って」
http://www15.ocn.ne.jp/~nikomama/

赤ちゃんのご冥福をお祈りいたします。
  1. 2006/05/27(土) 09:50:40 |
  2. URL |
  3. Jun@Silver Wings #j/FnetGM
  4. [ 編集]

Junさん、こんにちは。

この記事にコメントしようかどうしようか随分悩みました。。。
他の皆さんのように、出産経験のない私にはきっと奥様やJunさんの苦しみを本当に理解することは出来ないと思ったので。。。

でも同じ女性として、授かった我が子の泣き声を聞けないのはどんなに辛く、どんなに悲しいんだろう。。。
自分のことに置き換えて想像すると涙が止まりませんでした。

桃太郎くんのご冥福をお祈りいたします。
  1. 2006/05/27(土) 16:02:57 |
  2. URL |
  3. kiki #/cJQ1HH.
  4. [ 編集]

kikiさん、ありがとう!
いろいろ気をもませてしまったようで、すみません。

こういった気持は、知らずに済むなら知らないほうがいいんです。
理解しようとしてくれたことに、感謝します。
ありがとうございます。
  1. 2006/05/27(土) 17:31:53 |
  2. URL |
  3. Jun@Silver Wings #j/FnetGM
  4. [ 編集]

涙が止まりません。

ついこの間、私も同じ思いをしました。

7/6
月に一度の定期健診でウキウキしながらビデオ片手に旦那と一緒に病院に行きました。
看護婦さんに呼ばれ診察室に入っていつもと同じように診察台に横になり超音波検査をしてもらいました。
お腹にエコーをあてた瞬間血の気がひきました。
心臓が動いていない・・・。
そのときの先生の強ばった顔は今でも忘れません。
無言で5分間くらい先生は必死で心臓が動いていないか診てくれていました。

『残念ですが・・・』という先生の言葉で涙がとまりませんでした。
その後の先生の説明も覚えていません。

実は今回が2度目の流産で2000年2月11日に今回と全く同じ17週で赤ちゃんをお空にかえしました。


『またダメやった・・・。』
旦那や両親に申し訳ない。
という気持ちでいっぱいでした。
ずっと検査中も付き添っていてくれた旦那に何度も謝っていたのを覚えています。
旦那も泣いていました。

周りの皆は元気な赤ちゃんを産んでいるのになんで私は2度もこんな思いをしなければならないのか・・・神様を恨みました。

7/8入院をしてラミナリアを子宮口に入れるという処置をしました。
1日目 6本 ・ 2日目には最初の日に入れた6本を全て抜き新たに13本いれました。
処置の間とても痛くて辛かった。
でも赤ちゃんのほうがもっと辛いんだと言い聞かして必死で耐えました。

7/10am9:30
先生に内診をしてもらい子宮口がちゃんと開いているか確認してもらいその後子宮収縮を促す薬を入れられました。

am10;00 陣痛室に移動して陣痛がくるのを旦那とひたすら待ちました。

am11:00 強い陣痛が来ているのと大出血で先生に来てもらい診てもらう。

am11:33 いきみたくなり5回いきんだところで赤ちゃんが静かに生まれました。

看護婦さんが赤ちゃんをキレイにして私のもとへつれて来てくれました。
『かわいい男の子の赤ちゃんですよ。お母さんを悲しませないようにキレイに出てきてくれたよ』

涙が止まりませんでした・・・。
でも五体満足で生まれてきてくれた事だけが救いだった。
赤ちゃんを抱かせてもらった時『ゴメンネ・・・ありがとう』という気持ちが心の底からわいてきました。

その後、死産証明書を受け取り市役所で火葬の手続きを旦那にしてもらいました。
2度目ということで旦那も淡々とこなしているのが見ていて辛かった・・・。

退院した今でも出血や腹痛が治まらず辛い毎日を送っています。
仕事復帰ももう暫くできそうにありません。
でも、下の子の誕生を心待ちにしていた長女のためにも必ずもう一人生みたいと思っています。

文章力がないのでめちゃくちゃで長々とした文章ですみません。
でも、文章にすることで少し気持ちの整理ができたように思います。
このサイトに出会えたことに感謝しています。
ありがとうございました。

最後に、空 ・ ゆうたろう へ
パパとママのところにきてくれてありがとう。 
これからも見守っていてね。
  1. 2006/07/18(火) 20:39:26 |
  2. URL |
  3. nami #-
  4. [ 編集]

>namiさん

大変でしたね。本当にお疲れ様でした。
今はとにかく、ゆっくり心と体を休めてください。
決して「早く立ち直ろう」なんて思わなくていいんです。赤ちゃんの事を忘れるなんて出来ないですよね。何度も思い出して、何度も泣けばいいんです。

そして、またきっと赤ちゃんは、namiさんのところに来てくれます。
決して自分を責めないで下さい。

このブログが少しでもnamiさんのお役に立てたこと、本当に良かったと思います。共にがんばりましょう。あるがままに。

自分の友人で、同じように死産で赤ちゃんを空へ還した女性が運営しているサイトがあります。同じような体験をしたお母さんたちが多く集まっています。maniさんが今後自分の気持を整理するうえで、何かのヒントになるかもしれません。もし、訪ねてみようと思うことがあったなら、覗いてみられるのもいいと思います。

友人サイト
「泣いて、笑って」
http://www15.ocn.ne.jp/~nikomama/

空くん、ゆううたろうくんのご冥福をお祈り申し上げます。
  1. 2006/07/20(木) 08:23:14 |
  2. URL |
  3. Jun@Silver Wings #j/FnetGM
  4. [ 編集]

羨ましいです

今頃コメント失礼します。
お辛いことを思い出させてしまってごめんなさい。

少し前に18Wで人工死産しました。
赤ちゃんは健康で元気でしたが、母体のトラブルで妊娠継続不可能と診断されました。

夫婦にとって3人目の子供でした。
思いがけず授かってしまった命で、最初から夫はいい顔をしませんでした。

お腹が出てきて、胎動も感じるようになったら
愛情を持ってくれるかな、などと思っていましたが、
5ヶ月で逝ってしまい、

結局お腹の子は、一度も父親から話しかけられたり、お腹を撫ぜてもらったりすることなく
お空に還ってしまいました。

我が家の場合、死産後に夫が沈んだのはほんの1~2日だけで
あとは到って平気な様子

努めて冷静にしているのかもしれませんが、
産後の健診に行ってきたといっても
「どうだった?」と気にしてくれたりねぎらってくれるような言葉もなく

そういえば、分娩後もお疲れさん、ともありがとう、とも
言ってもらっていないなぁ・・・。

普段はやさしく子煩悩なマイホームパパなんですけどね。
妊娠、出産に対する意識って、男と女で違うんでしょうかね。

旦那様が死産を忘れたくない、とブログに残したい、とおっしゃっているのが、
新鮮でうらやましかったです。

このままいつまでもお子様、ご家族をお大事にしてあげてくださいね。



  1. 2008/12/09(火) 22:56:19 |
  2. URL |
  3. 匿名希望 #-
  4. [ 編集]

Re: 羨ましいです

ずいぶん遅くなってしましました。
コメントありがとうございます。

辛い経験をされましたね。何と言葉をかけるべきか、正直わかりません。
お腹の赤ちゃんは元気だったのに。。。
ずいぶんご自分を責められているのではないでしょうか。。。
本当に心が痛みます。

ごめんなさい。 これ以上何と言うべきなのか。。。


赤ちゃんのご冥福をお祈りいたします。
  1. 2008/12/24(水) 02:26:23 |
  2. URL |
  3. Jun #-
  4. [ 編集]


コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://silverwingsdiary.blog44.fc2.com/tb.php/25-8c5d94e9
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

ALL TITLES

全ての記事を表示

Counter

ご訪問ありがとうございます


現在の閲覧者数

Profile

Jun@SilverWings

Author:Jun@SilverWings
京都祇園Live Cafe&Bar
SILVER WINGS

の店長をしています。

空が好きです。ブログパーツ

NEW Entry & Comments

Twitter

 

Calender

05 ≪│2017/06│≫ 07
S M T W T F S
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

Gremz

ブログパーツ型環境貢献サイト
グリムス(gremz)
http://www.gremz.com

Sponsor Link

Category

Mail to Jun

メールフォームへ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QR code

Silver Wings Diary を携帯で!

QRコード

星が見える名言集

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。

Links

このブログをリンクに追加する

RSSフィード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。